ある芸人がいるとします。
彼らのコントライブは定評があるが、
バラエティ番組のトークはてんで駄目で、
いまいちテレビの露出がなく、売れないままでした。
そんな彼らに、ある賢者が100%成り上がれるための知恵をさずけました。
「お前たちはぜったいに売れる。
トークをするにも、オチまでちゃんと考えてから話しだすこと。
そうすれば、きっとうまくいくはずだ」
しかし洗脳の才能がある賢者はこう言います。
「お前たちのコントのこだわりはすごい。
コントの構成をトークにもあてはめてみたらいいんじゃないだろうか。
トークをするにも、オチまでちゃんと考えてから話しだすこと。
そうすれば、きっとうまくいくはずだ」
こんにちは。
洗脳といえば、
みなさんはおもにカルト宗教団体や霊感商法、
あるいはネズミ講にまつわるものとして知る場合が多いのではないでしょうか。
おかしな他人の言いなりにされてしまうもの、「洗脳」。
このメカニズムを心理学的に説明するならば、「きまったやり方のない催眠」です。
この状態にもっていくための方法をこれから説明していきますが、
あなたがやすやすと他人を洗脳ができるようになるとは考えないでください。
洗脳に適した才能の持ち主なら、マニュアルなどなくとも他人をその状態に持っていくことが可能ですし、大事なのは「洗脳状態を維持する」ことであって、そこまで解説するつもりはありません。
せいぜいこの記事がヒントになったとしても、効果的に人をコントロールするのはせいぜい一度や二度が限界だと思います。
それでははじめていきます。
1.催眠について理解する
洗脳とは、きまったやり方のない催眠だと説明しました。
そもそも、催眠とはどういうものなのでしょうか。
まずは「催眠状態」というものについてかんたんに説明します。
これは、
「被催眠者が、催眠者によって、特定の感情や行動のスイッチをうめこまれ、
それを催眠者ににぎられてしまっている状態」
のことをさします。
これが成功したとき、たとえば催眠者が「幼少期のことを話せ」といえば、
催眠状態の被催眠者はそれを話し始め、質問にも自動で答えていくことになります。
それがたとえ「あまりに屈辱的でとても他人に話せない」ようなことだったとしても。
催眠者がスイッチをうめこむためには、
被催眠者の思考を一時的に麻痺させる必要があります。
それを麻痺させる手段が、俗に『催眠術』と呼ばれる技法です。
古典的な"催眠術師"といえば、糸から提げた五円玉を左右に揺らしながら、相手に語りかけるといったものでした。
それは『EMDR』と呼ばれる手法で、クライアントに規則的な眼球運動を行わせることによって、思考を麻痺させる手段として確立されているものです。
ただし、これをやらせれば、それで催眠状態になってくれるわけではありません。
催眠にかけるためには、被催眠者の『承認』が必要です。
承認とは、「催眠にかけられたい」という心構えのことです。
「どうぞかけてください」という積極的な姿勢が相手にあるかどうか、です。
そのモチベーションは「催眠療法によって心身を癒したい」といったものから、「催眠音声で性的に満足したい」といったものまでさまざまです。
あるいは、好奇心が承認となってかかってくれることもありますね。
しかし、それだけでは足りません。
「こんな人に催眠がかけられるわけがない」
「こんなうさんくさい人に催眠をかけられたくない」
といった不信が被催眠者の側にあると催眠状態の妨げになります。
「この人に催眠をかけてほしい(かけられてもいい)」という『信頼』が絶対的に必要とされるのです。
つまり、被催眠者が、すべて納得ずみで「みずから催眠者にスイッチをあけわたす」という心持ちにならないかぎり、催眠は成功しないのです。
この『承認』と『信頼』の二つの手がかりを頼りとして、
被催眠者の脳の命令系統に、特定の行動や感情の強制作動スイッチを設置すること。
これが「催眠」です。
しかし、『洗脳』はちがいます。
催眠術を使いませんから、転じて、強制的なスイッチを埋め込むものではない。
これは非常にまずいことです。
「催眠」がスイッチ式ということは、スイッチさえとりのぞけば元に戻るということなんです。
それを使わない洗脳の場合、根本的な人格の改造がおこなわれるということです。
2.洗脳(人格改造)のやり方
ある芸人がいるとします。
彼らのコントライブは定評があるが、
バラエティ番組のトークはてんで駄目で、
いまいちテレビの露出がなく、売れないままでした。
そんな彼らに、ある賢者が100%成り上がれるための知恵をさずけました。
「お前たちはぜったいに売れる。
そうだ、なんだったら私のやり方も教えてやろう。
トークをするにも、オチまでちゃんと考えてから話しだすこと。
そうすれば、きっとうまくいくはずだ」
しかし洗脳の才能がある賢者はこう言います。
「お前たちのコントのこだわりはすごい。
コントの構成をトークにもあてはめてみたらいいんじゃないだろうか。
トークをするにも、オチまでちゃんと考えてから話しだすこと。
そうすれば、きっとうまくいくはずだ」
「何を言うかではなく、伝え方がすべて」という話ではありません。
相手の思考にたやすく感情移入できる人間、
相手が自分自身にもっているイメージにたやすくよりそえる人間、
自分の思考を後ろに置き、相手が真剣に考えているものにまずアクセスする人間、
それは、相手の意識の回路を見抜くことができる人間であるということなんです。
のちに芸人が大成功したとき、
その助言をあたえたのが「洗脳の賢者」だった場合、
芸人にとって賢者はだれよりもの「理解者」へと変わります。
賢者はもともとから芸人の思考経路にアジャストできる人間ですから、
ちょっとした助言も、チクリとした苦言も、スルリと溶かしこむことができます。
芸人が自分の力で何を成功しようが、それを賢者に報告したとき、賢者はただうなずくだけでいい。
芸人の中にはすでに「わかってくれている」という実感があるからです。
この「思考を共有しているという実感」が、人格改造の手がかりとなっていきます。
賢者がこのまま「良き相談相手」として導いてくれたら良い。
しかし、ここで賢者がマウントをとったとき、状況が一変します。
「わたしにはあなたの魂のかたちがわかるからね」
「大丈夫、あなたのことはぜんぶわかってるから。面倒見てあげるから」
「ぜんぶ手相に書かれてることだからね」
「神の御言葉です」
赤の他人が相手であれば、鼻で笑われるような思い上がりが、そのとき別の意味をもって響いてきます。
「だからこの人のいっていることは的を射ているのか」という状態になります。
「思考を共有している」ということは、「感情移入している」ということです。
賢者ばかりが芸人のことを考えているのではなく、芸人側からも賢者に感情移入をしているということです。
賢者の中に自分を見ているということは、賢者が語る自分のことを真実だと感じるということです。
鏡にむかって「お前はおれだ」といい続けいるようなものです。自分がなにものかわからなくなるのではなく、自分が鏡のなかのものだと誤認しはじめるのです。
そんな積み重ねによってすこしずつ感情移入が強化されはじめたころ、
賢者がなにかのきっかけでこう言います。
「お前、それじゃ駄目だ。もっとこうしないと!」
これが人格改造の始まりです。
うまくいったら、
「ほら、言ったとおりじゃないか」といえばいい。
うまくいかなかったら、
「話してみろ。いや、だからそこがちがうんだ」といえばいい。
被洗脳者は、賢者のなかにいる自分を「信頼」しています。
それが次々とつくりかえられていくことを「承認」せざるをえない。
それは、被洗脳者のパスワードをよみとり、人格をハッキングできるほどの相手だったから。
催眠とはまったく逆の順序です。
承認と信頼があれば、きまった催眠のやり方に乗っかってもらうことができますが、洗脳はそうではない。
だから、洗脳には、才能が必須なんです。後天的な信頼と承認をひきずりだすためのパスワードを読み取るほどの才能が。
被洗脳者はたまったものではありません。
賢者に自分を人質にとられ、それをなんとか返してもらうたびに
否定という刃によって、手の指が、足の指が、いつかは腕さえも切り落とされていく。
そうして自己否定をやらされ続けた人間は、自信を失います。
正しい自分は賢者の中にいて、今いる自分はエラーが起きているという感覚をずっと持ち続けることになる。
人間は日々成功と失敗をくりかえしますが、その単なる失敗をエラーと感じ、単なる成功が賢者の中の自分に近づくことができたという思いへと変わっていくんです。
ここまで地盤を固めたら、もう賢者はただ口添えするだけでいい。
「次はこうすればうまくいく」
これが洗脳のやり方です。
3.最後に
洗脳された人間は適応障害を引き起こされた状態です。後天的な発達障害と呼ばれているものです。それを人為的に引き起こし、自分を介護者に位置づけるのが洗脳です。
かつてハイチには伝統的な処刑法がありました。
罪人を薬物によって仮死状態にしたのち、蘇生させることで前頭葉の一部を死滅させることで感情的判断ができない廃人と化させるというものです。そうなった人間は言われるがまま命令に従う生ける屍の奴隷と化すのです。
これはゾンビと呼ばれています。
脳の一機能を麻痺させることで人間が他者をコントロールできる証左としては、もっとも有名な例ではないかと思います。
ロボトミー手術はこれの近代版でした。
これを対話のみで実行するような人間がいます。
大多数の人間は真似できないと思いますが、できる人は、あるいはこの記事を見ただけでさえある程度の深度までは踏み込むことも可能になると思います。
マウントをたたみ込むきっかけさえ自然と見える、そういう人間がいるんです。
彼らは、洗脳するつもりがなくても、ただ相手が言いなりになることが心地良くて、
気がついたら人間関係を崩壊させることさえあります。
「自分の意識を後ろに置く」という説明がもしつかめたのであれば、その素養を認めないわけにはいきません。
相手のためを思って、あえて口をつつしむというレベルではなく、これを自然状態でナチュラルにこなせる人間こそが才能としてはもっとも強力です。
あなたはどっちでしょうね。